青の都サマルカンドから始まったウズベキスタンの旅


 シルクロードの真ん中にサマルカンドがある。2500年の歴史を持つ古都で、青の都と言われている。建物の青い装飾が青空に映えているからで、サマルカンドブルーという言葉もある。長いこと憧れていたサマルカンド、そして、その他のウズベキスタンの都市を、クラブツーリズムのツアーに参加することによって訪問できた。上の写真は、サマルカンドのグリ・アミール廟だ。モンゴル襲来によって荒廃していたサマルカンドを再興した、アミール・ティムールが眠る霊廟だ。

この旅は、文化遺産を巡る旅で、大自然の中を行くのではない。しかし最近の円安で、今までのような旅は困難になり、ひょっとすると、これが最後の海外旅行になるかもしれないので、美しい風景の写真を中心に旅の全体像を纏めてみた。詳しい旅行記は都市ごとに4トラベルに投稿中である。

2024年5月24日、中部国際空港から仁川乗換、アシアナ航空でウズベキスタンの首都、タシケントに飛んだ。一泊後、鉄路でサマルカンドに着いた。ウズベキスタン航空国内線の事情で、サマルカンドから観光を始めることになったのである。

すぐに観光バスに乗り、レギスタン広場を目指した。ここがサマルカンド第一の観光名所である。3つの神学校(メドレセ)が見事な構図に配置されている。うっとりと眺めたが、近寄って、よく見ると中央のメドレセの前に物が置いてある。何か行事があるらしい。そのため、中央のメドレセには入場できなくなっていた。


向かって左側のメドレセが最初に作られた。1420年、ティムール朝4代目の君主でティムールの孫にあたる、ウルグ・ベグによってである。偉大な天文学者でもあったウルグ・ベグらしく中央上の装飾は星を散らしたものである。装飾は全体に青みを帯び、青空に映えている。サマルカンドブルーに早くも遭遇したのだ。


右側のシェルドル・メドレセが次に作られた。青い装飾と青いドーム。やはりサマルカンドブルーだ。


シェルドル・メドレセの中庭に入って眺めると、青い装飾と青いドームが光を浴びて輝いて素晴らしかった。ドームの脇にはミナレットの先端が見える。


午後にはシャーヒズィンダ廟群を訪問した。並び立つ霊廟の多くは青く装飾されていた。将にサマルカンドブルーだ。


最も美しいとされるシャーディムルク・アカ廟。ティムールの姪の廟である。内部は緑を帯びた青色の装飾で彩られていた。


視線を下げて写してみた。私たちは時間をかけて、ゆっくりと、この美しい世界に浸った。


もう一つ有名なクサム・イブン・アッバーズ廟の内部も、青の世界だった。



サマルカンド2日目は、まずアフラシャブの丘や紙漉き工場を見学した。そして、午後にティムールの霊廟、グリ・アミール廟を訪問した。巨大な入り口は見事な青い装飾が施され、それが雲一つない青空に映えていた。極上のサマルカンドブルーだ。


入り口の向こうには、中庭を隔てて、青く輝くドームを持った霊廟がある。


霊廟の中に入ると、そこは精緻な細工を施した金箔に覆われた、黄金の世界だった。この感激を記憶し、記録しようと私たちは、ゆっくりと眺め、沢山の写真を撮った。

グリ・アミール廟はサマルカンドのフィナーレを飾るのにふさわしい場所だった。


5月27日。ティムールの故郷シャフリサーブスを経由してブハラに着いた。ブハラはサマルカンドと並ぶシルクロードの古都で、やはり2,500年以上の歴史を誇っている。翌日、ブハラを観光した。まず訪れたのはイスマイール・サーマーニ廟。9世紀末から10世紀にかけて作られた。砂に埋もれていてモンゴル襲来の時、被害を免れたのだ。レンガの積み方の変化で模様が造られている。壁の籠織模様が美しい。


中に入ると、精緻な作りがよりはっきりする。


ブハラのシンボルはカラーン・ミナレットだ。高さ46m、尖塔まで加えると48mという堂々たる塔である。1127年に建てられた。チンギス・ハーンが敬意を表したため破壊を免れたそうだ。ここでもレンガの組み方の変化で、美しい模様が造られている。



5月29日、ブハラからヒヴァへの移動の途中、アヤズカラ1を眺めた。紀元前3-4世紀の要塞である。写真の右側に、登って行こうとする人物が写っている。人物と比べると要塞の巨大さが分かる。


ヒヴァの旧市街は城壁に囲まれ、その主要部は車の乗り入れが制限されている。そのためもあり、ヒヴァは、シルクロードの時代の雰囲気を色濃く残している。私たちが滞在したホテルは旧市街の中心部にあった。それで夜景を含めて、様々な時刻でのヒヴァの姿を眺めることができた。写真はイスラム・ホジャ・ミナレットとメドレセ。



昼のイスラム・ホジャ・ミナレット。



ライトアップされたイスラム・ホジャ・ミナレット。



昼間のジュマ・ミナレット。



ライトアップされたジュマ・ミナレット。



朝日を浴びるカルタ・ミナル。このミナレットは世界一のミナレットを目指して着工されたが、1855年、ハン(王様)が殺され、工事が中断されたままになった。高さ29mぼどのカルタ・ミナルはタイルによる装飾が美しく、ヒヴァのシンボルとなっている。



ライトアップされたカルタ・ミナル。西の空には、まだわずかに赤みが残っている。

5月30日夜、タシケントに飛び、翌日、短い観光の後、帰国の途についた。多くの美しい景色を見られた楽しい旅だった。

ここに掲載した写真の多くはFlickrにも投稿しています。特に以下の3点の写真はリンクをクリックして、Flickrの写真に入り、写真を2度クリックすると、パソコンからであれば超拡大版でご覧になれます。装飾の精緻な姿に、現地で見るように接せられると思います。

グリ・アミール廟の入り口

グリ・アミール廟の内部

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